僕らの武器

人は生きていく上で自分なりの武器を探していると思う




ここで使う武器とは普通に想像する剣やピストルのような危険なものではなく
誰かを傷つける為のものではない


生きる為に
自分を守る為にそれぞれが持っている「盾」のようなもの


僕もまた幼い時からずっと探していた武器
でも今思えば考え方自体変わったことがある


その話しをしたいと思う



それぞれの武器の話




僕が6歳くらいの時だろうか
幼稚園に馴染めず卒園して


小学校に入り社会の流れに揉まれている頃


正月に親戚がみな祖父母の家に集まって挨拶をしたりご飯を食べる
山崎家恒例の行事


大人はみな酒を飲んで調子がいい


そんな大人を見てふと思った


「あっこうなれたら勝ちだ」




それは本当に突然閃いたような
そんな感じだった


僕も大きくなったらこうなれたらきっと楽しい
(結局大人になってもお酒はのめず)


それからというもの
僕は人を観察するようになった




人を見ているとよくわかる


その人の生きる為の武器




笑うのが上手かったり
頭を良くしたり
鍛えたり容姿を変化して自分を強く見せたり
特技を持っていたり


とにかく沢山あった


僕もそんな武器を探していた




小学校5年生で不登校になって


自分には何もない
むしろマイナスなことしかないと悲観した




僕はその時こう思っていた
“自分を守るものは人より優れているものだけ”だと


そう信じていた


そんなものは自分に一つもないと絶望して
死のうとまでして


だけど助けられた




それから


音楽と出会って
ギターを始めて
ドラムを始めて


必死で練習して
やっと特技という武器を手に入れたと思った




そんな時に曲作りも始めた




どんな風に作っても
自分の弱さが曲に入る


弱さのはけ口


曲は僕にとって武器ではなく
誰もわかってくれないだろうと思っていた


そんなネガティブな思いと共に
曲は増えていった




16歳で上京して
働きながらバンド活動をして


その時には僕はいつもニコニコ
明るく元気な山崎くんになっていた




当然心ではそんなはずはなく


そう振る舞うことが僕にとっての武器だった




弱い暗い部分は曲の中に閉じ込めて




だけど少しづつ
出会う人たちによって僕の中の「武器とはこういうものだ」
という鎧は剥がされていった




いろんな種類の人がいた


よく行くライブハウスではコミュニケーションなど苦手で無口な人が
ステージに上がったとたんめちゃくちゃかっこよかったり


心が荒れて援助交際していた子がその後
その経験からいろんな 悩みを持った子を救っていたり


お金がなくて自分が食べていくのもギリギリなのに
それでも誰かに何かを与えようとしている人がいたり


病気で身体が動かなくてもメッセージで他人を元気づける人がいたり




僕が今まで信じていた
「人より優れている」
そんなことではなく


「コンプレックスが強さや良さになる」
そんな人たちだった






人より優れなきゃいけないことはなかった


明るく元気じゃなきゃいけないことはなかった


お酒が飲めなくても負けではなかった
(これは個人的に)




だって今の僕の武器は
過去に武器じゃないと思っていたものだから


弱くて臆病だからこそ身に付いたことやわかることがあったり


不登校の経験を伝えることで
今不登校に悩む人のヒントになれたり


死にたかったことで
今死にたい人の気持ちを受け止められたり


過去のコンプレックスが武器になっている


武器じゃないと思っていた曲こそ
僕に自信をくれる最大の武器だったりする




特技や元気だって僕を守ってくれているけど


こうじゃないとダメなんて考えなくてよかったんだ




ここまで生きてきてやっと気づけたことだらけ


だから伝えたいんだと思う




自分が弱点だと思っているそれが
いつか自分の命を助ける武器になる日が来るかもしれない


僕がそうだったように


自分を守る「盾」は
強さではなく誰にでもある「個性」だったんだ




山崎雄介


 


 

〜不登校だった僕らから〜まとめページへ