不登校からバンド活動に至るまで

八田です。

 

活動をしている中で「不登校からバンド活動に至るまでの経過を知りたい」と言ってもらうことが多いです。

 

人に会うことすら緊張していた僕が、人前に立って活動するようになった。
今回のブログは、そんな変化の背景にあった思いを書きます。

 

 

 

僕がベースを始めた理由って、ものすごく地味なものです。
音や見た目がかっこいいと思ったことはもちろん。
それ以上に、バンドの中でベースの立ち位置がちょうど良いと思ったからです。

 

「憧れのミュージシャンの真似をしたい」×「あんまり目立ちたくない」=ベースでした。
あくまでも当時の価値観です(笑)

 

アンサンブルですら目立ちたくなかったので、人前に姿を現して演奏することなんか最初はまったく考えていなくて。
毎日みんなで集まって、練習をしては録音ばかりしていました。

 

でも、僕たちが音楽に没頭することを、親が喜んでくれて少しずつ心境の変化がありました。
ただ楽しいだけの音楽の中に「誰かが喜んでくれる」というやりがいを感じるようになりました。

 

そして、親は人前で演奏する機会を作ってくれました。
誰かに演奏を聴いてもらいたい。
でも、人前に立つことは嫌だ‥。

 

誰にも見られないステージ裏とかで演奏したい。
アイデアマンの僕は、そんなことを本気で思ったこともありました(笑)

 

オリジナル曲を作り出した頃、さらにバンドが楽しくなって、メジャーデビューをすることが僕たちの夢になりました。

 

それまで、自分の将来はどうなるのだろうと思っていたので、そんな目標をみんなで持てたことが嬉しくて嬉しくて。
単純な僕らは「一年後に上京する」そんな計画を立て、さっそく資金を貯めたり準備を始めました。

 

自分たちが不登校だってことを誰も知らない場所から再出発したい。
当時、誰も口にはしなかったけれど、みんなそんな思いもありました。

 

不登校から本格的なバンド活動に至る心境の変化は、楽器を始めたときではなく、バンドを始めたときでもなく、こういったことがきっかけでした。

 

僕らが演奏することを喜んでくれる人がいる。
親の反応をきっかけにそう感じることができたこと。

 

オリジナル曲を作り自己表現する面白さを知ったこと。

 

メジャーデビューを目指すのだから、当然ライブ活動を頑張らないといけない。
この時期に、人前に立つことの覚悟をしました。

 

東京に行ってから、月に10本以上ライブをすることもありました。
人前に立つことが平気になったのは間違いなく、何度も回数を重ねたからです。

 

また、今までに色々なスタイルのライブを経験しました。
講演ライブにアコースティック、コラボや逆にメンバーが欠ける形だったり、演技や体操のコーナーなど‥色々。笑

 

新しいことをするとき、今でもめちゃくちゃ緊張します。

 

でも、やっぱり何度もやると慣れます。

 

結局前回のブログでも書いたように、あの頃と今って根本は何も変わっていないなと思います。

 

でも、ただ慣れたということの他に、変わったと胸を張って言えることがあります。

 

それは、ライブを心から楽しめるようになったこと。

 

え?今まで楽しくなかったの?とツッコまれそうですが‥
もちろん今までも楽しくて活動してきましたが、最近特に楽しいです。

 

元々、ライブが苦手だったことを思うと、自分としてはめちゃくちゃ嬉しいです。

 

皆さんと思いきり楽しめるライブ活動を、これからはもっと増やしていけたらいいなぁと考えています。

 

 

ちなみに、結成当時を振り返ると、誰もボーカルをやりたがらない変わったバンドでした。
当時、サックスを練習していた史朗に「頼む!!ボーカルやって!!」とみんなでお願いしてやっとバンドの形になったので。笑

 

それに、山崎兄弟二人とも今のパートをする前に「ベースをしたい」っと言っていた時期がありました。

 

バンドはしたいけど目立ちたくない。
二人とも僕と同じような気持ちだったのかなぁ。笑

 

八田

 


 

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