街のはずれにある小さなさびれた教会の神父



僕が16歳の時に創った「街のはずれにある小さなさびれた教会の神父」という曲がある




この曲には当時の僕の孤独感や人生に対する疑問が込められている






僕は小さい時から神様に興味があった


どこの宗教というわけでもなく


子どもながらにどこに行っても違う神様がいることや


こんなに沢山神様がいるのに何故一つを選ばなければいけないのかとか


それで戦争が起こっていることへの疑問が多かった




その始まりは小学校3年の時


当時仲良くなった友達と親の宗教の違いで遊べなくなったこと


その友達の親に一方的に嫌がられたことだった




僕はただ訳がわからなかった






だってどの神様も言っていることはどれも優しくて


良い言葉だったから





こんなことを言うと怒られるのかもしれないけど


僕は今宗教に関係なく神様はいると思っている




正確に言うと人の中に神様を感じている




もちろん全てとは思わないけど




少なくとも僕が出会った神様を信じている人のほとんどは


皆優しくて無垢に人を信じたり助けようとする人たちだったから






僕はひねくれ者だから


余計にそう思えたのかもしれない






僕の家族はみんな神様を信仰しているわけじゃないけど


母親はキリスト教を信仰していて


小さい時から身近に宗教があった




だから教会に行くこともあって


そこにいる人たちの優しさに助けれたことが何度もあった






15才の時に突然父が家を出て行ってから


僕の家族は崩壊寸前だった






母や姉の鬱


いつも聞こえてくる「死にたい」という言葉


その真っ只中に僕らは上京した






僕の心の中には置いてきてしまったという罪悪感がいつもあって


それが自分の中にある孤独感や劣等感や


後ろ指を差されてきた自分の人生と重なって






そんな僕の心が一人の神父の唄を創っていた






孤独な神父が重い伝染病の老婆に出会い


世間とは孤立しながらも小さな幸せを感じている




そんな人生はちっぽけだろうか?と






この曲は16歳の僕の心の叫びだった




そして精一杯の人生への肯定だった





ちっぽけな人生なんかない





ちっぽけな人生なんかない





そう心で叫んでいた







これは今も変わらない僕の人生のテーマだ





僕は僕の人生を懸けて


どんな人生も肯定したいんだ






雄介













街のはずれにある小さなさびれた教会の神父






彼は街のはずれにある小さなさびれた教会の神父


一人で孤独にその教会で暮らし


祈りを捧げもう何年たった?


愛する人もまだ見つけられぬまま


その老いた身体をながめた



そんな彼にも楽しみはあって


老婆の作る甘い 甘いクッキー


休みの日の朝 その老婆は教会に出かける


信じる者はジーザス・クライスト




彼女は街で人気のお菓子屋さん


だがある日重い伝染病に侵された


そんなお菓子屋に誰が近づく?


彼女は独り絶望の淵にいたある日




神父が訪ねた「うちも誰も来ないから、安心して来るといい


出来ればそのクッキーを持って。」



教会の中では神父と


老婆がクッキーを食べそして


聞き慣れた聖歌を歌い


こう繰り返す



「神はあなたの傍にいて


全ての罪を背負って十字架に掛かられた」





彼は街のはずれにある小さなさびれた教会の神父


一人で孤独にその教会で暮らし


祈りを捧げもう何年たった?


愛する人もまだ見つけられぬまま


その老いた身体をながめた






そんな彼の人生はちっぽけだろうか?




彼の人生はちっぽけだろうか?